IE9ピン留め

印象・わかば

今日、4か月ぶりに煙草を吸った。


自分の財布で煙草を買ったのはいつ以来だろう。ここ2年あまり、煙草は旅行中に誰かから勧められたり、友人に勧められたり、あるいは旅館のレストランで、客が忘れていったものを失敬したり、誰かの煙を拝借していたのだった。


最後に煙を吸ったのは、今年の夏、福岡のとある小島のホテルで働いていた時のことだ。


同じく夏の間だけ働いていた、フロント係の長谷川という青年と仲良くなった。
ホテルの仕事が終わってから、彼はよく私の部屋に遊びにきた。


「阪ちゃんも吸うやろ?」と彼が持ってきたのは、中南米のどこかから輸入してきた刻み煙草だった。水を溜める作りになっている特性のパイプで吹かす煙は、神経をとろんと溶かす甘い匂いがした。ひとつのパイプを交互に吸いあいながら、お互いが歩いてきた異国の街の話をしていた。彼もまた、旅人だった。


12月1日から休みなくPCと闘い続けて、16日経った昨日から2日間。
エネルギーは底を尽き、生活費が稼げないことの絶望感に茫然自失としていた。


それは珍しいことではなく、大阪のあいりん地区に腰を落ち着かせてから3か月半、何度も経験してきた絶望感だ。島国日本が定期的に地震に襲われるのと一緒だ。そうゆうときは、黙ってじっとしながら、自分の足場が崩れ落ちないことを祈りつつ、振動が収まるのを待つほかにない。


そうゆうときはもう、何をやっても無駄なのだと諦めるようになった。


お菓子を食い、特に見たくもないアニメに浸り、必要以上に昼寝をとり、ひたすらにぐうたらし続ける。ぐうたらし続けていると、そのうちぐうたらしていることにも飽きてくる。無性にまた仕事をしたくなる。そうしてまたいつもの生活に戻っていく。今の僕の仕事は、勤務日も、拘束時間も、休日も決まっていないから、自分のモチベーションとエネルギーに素直になることを心がけている。それでもまあ、だらけているとは思うのだけど。


「苺ましまろ」という、小学校高学年の女の子4人と、20歳の短大生の姉が出てくるアニメを見ていた。


姉の名前は伸恵といい、マイルドセブンライトのヘビースモーカーで、昼間や風呂でもハイネケンを飲みまくるアル中一歩手前の、ずぼらな人間。
特になにかを志しているわけでもなく、何かに秀でているわけでもないが、妹仲間の面倒見がよく、姉御肌で、そうして自分が何に幸福を感じるかということに素直で、見ていてとても潔い人間をしていた。風呂の中にハイネケンを持ち込んで、それを妹に注意されながら、「これが私の桃源郷なのよ」と恍惚の表情をうかべて湯船に浸る、その姿の自然体は、みていてとてもうらやましくなるものだった。



彼女があまりにうまそうに煙草を吸うせいで、わざわざ自販機まで買いに行ったのだった。


自販機は、タスポが導入されていたのは知っていたが、いまは眼球認識という簡易的なもので済ませるようになったらしく、指定された位置に立って何度かまばたきすればそれで成人認定ができるようだった。まばたきで成人認定ができるのかと怪しんだが、何の問題もなく、自販機は煙草を吐き出してくれた。もはや機械が怪しむような年齢でもないのだ私は。


選んだのは「わかば」という銘柄で、たばこ税による被害も受けず(受けているのかもしれないが)、250円という安価を維持しているものだ。

タール19mg、ニコチン1.4mg。

非喫煙者ながらこの数値がべらぼうに高いことだけはわかる。
伸恵と同じ銘柄を選ばなかったのは、安さのせいではない。
「わかば」は私が最初に覚えた煙草の銘柄だったからだ。


「ニアアンダーセブン」という小学生時代に読んだ漫画の、浪人生の女の子が吹かしていたのがこの「わかば」だった。彼女は煙草を吸わなかったが、彼女の死んだ父親が、この煙草のヘビースモーカーで、「わかば」の煙を吐き出しながら原稿に向かっていた父の後姿を、幼い彼女はずっと眺めて過ごした。父親を思い出形見のような、「わかば」はそうゆう煙草だった。


彼女は屋根の上にのぼり、くゆらせた煙草の煙に透かしながら、夕日が沈みゆく下町の風景を眺めていた。その表情の寂しさと、情景の静けさが、今でもくっきりと脳裏に焼き付いている。煙草というとまず彼女の姿が浮かぶ。どうして現実世界で煙草を吸う女性ははしたないと感じるのに、空想世界の女性が煙草を吸うと恰好よく見えるのだろう。


この2日間、十二分に現実逃避をし、仕事を放棄し放蕩の限りを尽くした。明日から「わかば」を吸い終える期間まで、また無呼吸的にPCと格闘していく。

# by domotoy | 2011-12-17 23:19 | daily

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